■時計ばかりがコツコツと動いているのも情けなや、南無阿弥陀仏!(戦友・その2)
ぼくの好きなうた(連載第49回) らふて いさを
「これは涙を拭いてからでないと」
「前奏無しですぐ唄うからね」(ビデオ:嘉手苅林昌、唄と語り--94年)大城美佐子にそう前置きをしたあと一回しくじって、唄い直す林昌さん。------
なんぞと前号で書いたが、昨年末になってやっと大枚をはたいて購入した八枚組CD「嘉手苅林昌全集--海・恋・戦」(75年録音、新マスタリング+93年沖縄ジァンジァン実況録音)には18年を隔てた二種類の「戦友」が収録されているのです。今回はCDに収められた「戦友」をじっくり鑑賞いたしましょう。
まず75年(新宿厚生年金会館小ホール)のは
えー なー くぬ しぇんゆー んでぃるものー、
なまから、 わーが ふぃーたい ゐとるびとーしでーびるくとぅ、
さんじゅーにん よんじゅーねんめーぬくとぅでーびるくとぅな、
まちがいっとぅくぬあいびーるはじ(以下数語不明瞭)
(訳)ええ はいこの「戦友」というものは今から、 私が兵隊に居りました頃のことでございます、三十年、四十年前のことでございますから、間違えている所も ございましょう、(悪しからず)
調絃めいた数音の後、前奏無しで唄にはいる。
ここは御国の何百里 離れて遠く満州の
赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下
〜
正しく消えて魂は 国へ返すポケットに
時計ばかりがコツコツと 動いているのも情けなや
(最終連を唄い終わって直後に間髪を入れず)
南無阿弥陀仏!
前奏も間奏も後奏もなし。唄の中の時計の音に惹きつけられた無念の魂を後生に送り返す念仏で場を清める。
「国」へ返そうとした魂が帰るべき「国」などは今どこにも無い!浮遊する魂は唄の中の時計の機械音とともにコツコツと己の存在を戦友に主張するばかり。念仏なくして林昌がこの唄の世界から戻ってくることは出来ないのだ。
一方、93年沖縄ジァンジァンの実況盤には前奏がある。こちらもやはり林次と二本の三線のようだが、な、なんと林次とおぼしき弾き手は前奏として
合 ○ 合 ○ 四 ○ 四四五 六四五
(この六は半音下げた♭六)
つまり、大和で唄われる「戦友」の旋律を奏で始めるが(ヘ短調である)、同時に傍らで尺と工を爪弾いて調絃終えた林昌、すかざず、
合合四 尺 尺尺工 五尺工 ○
と短い(が音数の多い)前奏--こちらはハ長調、と呼んでおきます--を弾き始める。会場から緩やかに湧き上がるような笑い声、さわさわとそよ風のように客席を渡っていく。もう一本の三線が林昌の前奏に合わせる。フレーズの初めで一回叩き始めた太鼓もしばし舞台と客席の状況を伺ってから加わってくる。ライブ感十分な前奏である。
ここで、らふての推理。
林次ともあろう人が、まさか林昌にヘ短調の「戦友」を唄わせようとするわけはありません。打ち合わせで「今日の曲順では直前が『籠の鳥』(ヘ短調)だから、『戦友』の前奏は短調にして客を煙に巻きながらハ長調にしようぜ」てなアイディアがあったのでありましょう。それを忘れた(忘れた振り?)の林昌オトーは顔色一つ変えずにハ長調で「いきなりの増4度」をかましたのだ!
〜
肩を叩いて口癖に どうしぇ命は無いものよ
死んだら骨を頼むぞと 言い合わしたる二人仲
言い合わしたる二人仲
さてさて、唄い終わろうという瞬間にこちらでも間髪を入れず、林昌さんの呟き、
終わり!
然り!(やってくれるじゃぁありませんか!)
林昌ばかりでなく登川誠仁もよくこの「終わり!」を利用する。唄の余韻に浸っている暇はない、暇がないと言うより暇を嫌っての所行である。聴く側もそれなりの緊張感を促されるのである。暇を与えると危険だ。聴き手もぼんやり酔っていてはいけないのだ。
唄は危険なものだから。
そう我々は唄の持つ危険な力を忘れてはならない。
「戦友」に唄われる以前から、外地にある兵士の魂は常に「国」にいる肉親から唄の力で呼ばれていたではないか。
「君死にたまふことなかれ」と叫んでいる姉たち----
「兄さの薪割る音がねえ」「鉄砲が涙で光っただ」「百舌よ寒いとなくがええ、兄さはもっと寒いだろ」と唄っている弟たち----
一世紀の時を貫いて、唄は彷徨する幾千、幾万、いや、幾千万の魂とともにあり、時折、彼らと我らを一つの場に呼び集めるのだ。心せざるべからず。
唄の持つ力を軽んじるわけにはいきません。
【参考】
海恋戦--沖縄島唄の伝説--嘉手苅林昌 CD ビクター VICG60284-91
嘉手苅林昌 唄と語り
(もしもしちょいと林昌さんわたしゃアナタにホーレン草) ビデオ ビィーライン
日本軍歌大全集 長田暁二 全音楽譜出版社
日本唱歌集 堀内敬三・井上武士、編 岩波文庫
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ルビの予定
拭いて ふ(いて)
嘉手苅林昌 かでぃかるりんしょう
調絃 ちんだみ
野末 のずえ
正しく まさ(しく)
傍ら かたわ(ら)
爪弾いて つまび(いて)
調絃 ちんだみ
「籠の鳥」 「かご(のとり)」
煙 けむ
口癖 くちぐしぇ
二人仲 ふたりなか
呟き つぶや(き)
然り したいひゃー
彷徨 ほうこう
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