■下属音から始まって、あぁいきなりの増四度!(戦友・その1)

    ぼくの好きなうた(「クイパラ通信」に連載、第48回)  らふて いさを                   



「これは涙を拭いてからでないと」
ハンカチで軽く目を拭うしぐさ。本当に涙は流れたのか。
「前奏無しですぐ唄うからね」(ビデオ:嘉手苅林昌、唄と語り)
一回しくじって、唄い直す林昌さん。

ここはお国を何百里 離れて遠き満州の
赤い夕日に照らされて 友は野末の石の下


 1905年9月発表作品。真下飛泉という京都師範学校のセンセが、生きて帰ってきた義兄をモデルに6作品にまとめあげた連作の詩だそうだ。らふての勘では、
1--事実を元にしつつ、
2--まずは語った陸軍軍曹による虚構、
3--そしてガッコセンセという語り手の虚構が重なって、
4--「見事な軍歌」に仕上がった、
という起承転結のはずだが、どうしたことか6作品中第3作品の「戦友」だけは見事に厭戦的に読めて、興味深い。
 手元の資料によれば、日露戦争から生還した義兄(陸軍軍曹)の話を聞いて彼がものした連作の題は、
「出征」「露営」「戦友」「負傷」「看護」「凱旋」。

 第一作品「出征」の出だしは

父上母上いざさらば 私は戦に行きまする

 七五×2行で一番。25番まである。この連作の作曲は三善和気という中学校の先生、「出征」には主音(ド)で始まって属音(ソ)で終わるリズミカルな長調の旋律をつけてある。その最終番は、

(村人達が)手を振り上げて声そろえ 万歳万歳万々歳

 6連作の締め括り「凱旋」は

目出たく凱旋なされしか ご無事でお帰りなされしか
お国のために永ながと ご苦労様でありました


 と話者は義兄から飛泉本人に代わっている。七五×4行で一番。最終の十三番は

両手を上げて声上げて 万歳となふる我々の
この真心は山々の あかい紅葉が知ってをろ


 まあ、詰まるところ、見事な構成を持って完結するわけです。旋律も属音(ソ)で始まって主音(ド)で終わるって具合で、三善和気センセは真下飛泉センセの詩の構成の幾何学性に感じ入ったのでありましょう、典型的対称性をその最終音に込めての締め括り、ちなみに両曲ともト長調であります(音域はDからDまたはE。無理のない音域。)

 対露戦勝賛美の御時世、日本各地で戦勝祝賀、お祭り気分にそわそわ浮かれて、ぞなもし言葉の中学生も、師範生等と天下の往来、お祭り騒ぎが喧嘩騒ぎに、腕に覚えの数学センセは、会津がルーツの山嵐、新米センセは東京から来て、一月足らずのお坊っちゃん、止めに入ったつもりの二人は新聞沙汰にアラアラびっくり、もしやそいつは帝大インテリ赤シャツ教頭の謀った事か、やがて二人はそのインテリに思う限りの鉄拳喰らわせて〜ああすっきりした〜センセなんぞは金輪際だと、船に飛び乗り汽車に飛び乗り東京へ帰って「清や、帰ったよ」。
 一種の凱旋。実は敗戦?
……らふて、今年は亡き母のその又母の血縁の健在を戸籍からつきとめて、初めての四国旅行、母の妹とその従兄は六十余年の再会となりまして、二〇〇一年という年と松山は切っても切れぬ思い出の年となりました……

 さてお話は、ト長調の主音で始まりト長調の主音で終わる6連作の内の第三作「戦友」(これはイ短調、音域はまたしてもDからE)。属音(ミ)で始まり同じ属音(ミ)で終わっている。属音で終わる、つまり半終止、見事に一番一番の旋律は締めくくられず次の番へと感情は引き継がれて、さらに次作があることを予感させる。
 ビデオの林昌さんに話を戻そう、この唄い出しと唄い終わりの音(属音)が、林昌さんの場合は下属音(ファ)なのである!そして当然(?)短調ではなく長調、ではあるが西洋音楽を聞き慣れた耳には実に妙な長調なのである。ゆっくり旋律を追っていくと

ファファファ〜シシシ〜ドドドレド〜
レレドレシシドシソソシソファ〜

(高い方の)ファファファ〜レドシシソシドレド〜
ファファミファソソシソファファファミファ〜


 失礼失礼、工工四を先に書くべきでしたかしら、

四四四○尺尺尺○工工工五工○○○
五五工五尺尺工尺上上尺上四○○○
七七七○五四尺尺上尺工五工○○○
四四老四上上尺上四四四老四○○○


第一音から第二音へいきなり増四度!どっひゃ〜!
四小節ごとの終止が主音、下属音、主音、下属音!

しかし皆さん、冷静に冷静に考えて、尺と老を半音下げれば………見事に音階は変ロ長調と相成りまして、

ソソソ〜ドドド〜レレレミレ〜
ミミレミドドレドララドラソ〜
ソソソ〜ミレドドラドレミレ〜
ソソファソララドラソソソファソ〜

(移動ドで表記 変ロ長調)

このあたりに三線の勘所と音階の艶かしい微妙な微妙なずり上がりず、ずり下がりが関係して来るようなのですが、むむむ、残念、二〇〇一年に許された私の紙面も尽きようとしております。
 「戦友」の詩的鑑賞と、就中生き残りの悲哀といえば小栗康平「泥の川」できっちゃんこと松本喜一の唄う「戦友」についても書きたい書きたい、この唄の広がりは際限なくも次回以降をばお楽しみに。
                          
 本年も、らふての勝手なおしゃべりにお付き合い下さった皆様よ。感謝感謝でニフェーデービル、タンディガ〜タンディ〜、また来月〜     (01/12)

【参考】

嘉手苅林昌 唄と語り
(もしもしちょいと林昌さんわたしゃアナタにホーレン草) ビデオ ビィーライン

日本軍歌大全集 長田暁二 全音楽譜出版社

日本唱歌集 堀内敬三・井上武士、編 岩波文庫



【ルビ】
拭う    ぬぐう
野末    のずえ
真下飛泉  ましもひせん
厭戦的   えんせんてき
三善和気  みよしかずおき
永なが   ながなが
喧嘩    けんか
金輪際   こんりんざい
清     きよ
従兄    いとこ
艶かしい  なまめかしい
就中    なかんずく
小栗康平  おぐりこうへい


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